TKUの取材!
今回のアンビリバボーの番組宣伝の為もあり、本当にありがたい事でした。
より多くの方に見て頂きたかったので、嬉しい事でした。
いゃ~カメラが前にあると緊張しますね。
アップで耐えられない顔をぼかして頂ければ良かったのですが・・
ありのまま・・・(当たり前のことですが・・ハハハ)耐えられない!
そのTKUの庄野愛子さんとカメラマンさんと音声さんと一緒に記念撮影をしました。
お世話になりました。今後ともよろしくお願いします。
はじめまして、1/14(木)の「アンビリーバブル」を偶然拝見し、1996年、友丘のバス停で心停止になった少年の話を、1997年当時、救命センターで働いていた僕は、上司に良く聞かされていましたので、鮮明に覚えてました。
実は家内が当時、救命センターのナースであったので、テレビを見るようにと電話連絡しました。
もう退職して10年以上たちますが、家内も大変良く覚えていました。
また、当時、一の瀬君の担当だった循環器グループの医師(当時、研修医で、現在はアメリカにいます)にメールしたところ、良く覚えていて、一の瀬君とお父様の心臓超音波検査を行ったことや、意識がもどって初めてしゃべった言葉が、「に・が・い」だったことをメールしてくれました。
その時、一の瀬君は歯磨きをしていてたそうです。
また、三原先生とは約6年間、職場で御一緒させて頂きました(僕の専門は循環器ではありませんが)。
これからも人の心を動かす歌を歌い続けてください。
ちなみに E.C.C.M F.Uというのは、その救命センターのイニシャルで、緑のユニフォームの胸のポケットに刺繍されています。
初めまして!と言いましてももしかしたら病院でお逢いした事があるかもしれませんね(@_@;)
コメント頂き本当にありがとうございます。読みながらたけしが倒れて発した言葉が「に・が・い」と言ったとか・・・当時を思い出し涙が流れました。奇跡が重なり今のたけしは生かされています。
倒れた時友達の応急処置が良かったこと、
偶然にも三原先生が30分早く病院に出勤されていたことetc・・・
13年経った今でも鮮明に当時の事は憶えています。こうして当時お世話になった先生とご連絡が取れ本当に嬉しく思います。
奥様にもお世話になり重ねてお礼申し上げます。実は当時助けて頂いた友達からもテレビ局を通して連絡が来ました。再会出来るのを楽しみにしています。当時の様子を又お聞かせ下さい。よろしくお願いします。
ありがとうございました。